「わからない」と思うための対話 第1回 感想
数日前からぼくに興味を持ってくださっているめんたねさん(@mentane)という方が、ある時こんなツイートをされた。
ぼくの中に、公開でレンタル話し相手さんを生徒役にして、話を聞く技術をトレーニングし、彼の話を聞く能力を伸ばしたら、ぼくの本業のワークショップに人が殺到するのではないかという甘い考えが浮かんできた。
— めんたね (@mentane) 2020年7月11日
狙いはこうだそうだ。
これは
— めんたね (@mentane) 2020年7月11日
1.レンタル話し相手さんの話を聞く能力を伸ばす
2.その結果、ワークショップに人がたくさん来る
この2点において、大変に甘い見通しである。
お誘いを受けてぼくはもちろん快諾した。
ぼくにとってメリットしかないし、メリット云々の計算を除いてもこういう勉強には興味があり、ずっとやってみたいと思っていたからだ。
毎週金曜日の22時から計10回ぐらい行われるらしい。
せっかくなので毎週学んだことをブログに記録しておこうと思う。
このワークの様子はめんたねさんのYouTubeチャンネルで見られるので、もしまだ見ていなくて見たい人はこちらからどうぞ!
ちなみに資料の転載許可はめんたねさんから頂いている。
また、
こういう風に
小さく薄い文字で書かれているのはめんたねさんの言葉の引用である。
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まず「やられた!」と思った
ワークショップが始まる前、資料のこのページを見て「やられた!」と思った。
なぜか? 「実践とフィードバック」が組み込まれていたからだ。
ぼくは教育は基本的には「教える」割合を少なくして「実践とフィードバックをさせる」割合が多いといいと思っているんだけど、まさにそういうワークショップだったから「やられた! ぼくが先にやって日本を驚かせたかった!」と悔しく思った。
でもめんたねさんに言わせれば、「君が世界を知らないだけでこんなことをやってる人はたくさんいるよw」とのことらしい(笑)
早く世界を知りたい。
理解できたことを相手に伝える必要がある
この資料で書かれていることはかなりの衝撃だった。
ぼくも話し相手を自称しているくらいだからコミュニケーションのルールはいくつも持っていて、このことも考えていなくはなかったけど、「伝えた方がよりいいよなぁ」ぐらいのぼんやりとした意識しか持っていなかった。
でも考えてみればこれは「必ずそうしなければならない」というぐらい重要なことであり、しっかりと言語化して絶対的なルールとして設定していなかった自分の愚かさに驚いた。
でもぼくは「人はごく簡単なことが分からない生き物だ」という哲学を持っているから、同時に「まぁこんなこともあるか」とも思った。今気づけたのはむしろラッキーだと言えるだろう。
聞きそびれたらまた聞き返せばいい
案外相手が言ったことをそのままストンと受けとるって難しくて、ちょっと違う意味に理解したりとかポコポコ抜けたりとか、そういうのって起こるんですよね。
そうするとどうすればいいかっていうと、また聞けばいいんだよね。
「さっきここ聞いた気がするんだけどちょっと分かんなくなっちゃったからまた聞きたいんだけど」って言えば、大体みんな親切に教えてくれるので。
誤解すると関係が切れるんですよ。「話が通じてない!」みたいな。
なので、「聞き直す」っていうのはこの先のワークショップでどんどんやってもらって構いません。
これも言われてみれば当たり前のことなのに分かっていなかった。
ぼくが1番多いパターンは、「相手の話について考えすぎて聞きそびれてしまう」やつ。
(この悩みの解決策はこうかな。それともこうかな……あれ、今この人なんて言ってたっけ?)みたいなことがよくある。
そういう時、「実際にはそういう理由でも、聞き返したら『真面目に聞いてなかったのね。不誠実な人だな』って思われちゃうんだろうな。まぁ聞き返さなくてもなんとか理解できるだろ」と思って聞き返さないことが多いんだけど、実際にはなんとかならないことの方がずっと多い。
2割ぐらいはなんとかなるんだけど、そんな危ない橋は渡らない方がいいに決まっている。聞き返すことこそ誠実なんだから、これからは遠慮せずに聞き返そうと思った。
相手はその話のどこが1番重要なポイントだと感じながら話しているのか推測を立て、なおかつそれが推測だと認識しておく
この話のどこが1番の重要ポイントなのかとかというのが微妙にずれると、「話自体は理解されてるんだけどなんか理解されてないな」みたいな気持ちになったりするんですよ。
なので話を聞きながら、「この話のどこがこの人は1番重要だと思ってるのかな」っていうことを考えながら話を聞いてみると、聞き方が少し変わりますね。
でもこれ、残念ながら分からないんです。人の頭の中だから。
なので、そうやって相手の頭の中について推測は立てるけど、それが推測だということを持っておくんです。
そうしないと「こうなんだな」と思った時にそれが100%にピッて振り切っちゃって、もう「そういう話」っていう風に聞いちゃいますから。
推測をしてなおかつそれは推測であると認識しておく。そうすると、追加で質問したいことが出てくるんです。
「自分は5割ぐらいこうかなと思うんだけど、本当にそうなのか確認しないと分かんないな」っていう気持ちになってくると、聞きたくなるから聞くでしょ。そこに興味が生まれるわけですよ。ただぼんやり聞いてるとあんまりこういう種類の興味って生まれないですね。
また自己認識がバグってると思われるかもしれないけど、これはぼくは割と意識できているんじゃないかと思う(前も言ったように「ちゃんとできているか」は分からない)。
ぼくはいつもそういうアンテナを立てながら話を聞き、相手の話が終わったら「つまりこういうことですかね?」と推測を話すということをかなり意識的にしている。
この前連投した動画でも、ぼくがそうしたことで依頼者の方に「そうですそうです!まさにそういうことです!」と喜んでもらえた場面があったから、客観的な評価から考えてもある程度はできていると思っていいのかもしれない。
でもその回数が少ないのが問題で、例えば20分ずーっと話を聞いてやっと推測を話すということをしていたんだけど、これでは相手は20分ずっと不安だし、推測が間違っている場合長い間修正できない。
だからこれからはもっとこまめに推測を話そうと思った。
単語をなるべく言い換えない
この娘さんからすると、自分の父親っていうのは「パパ」なんですよ。そこで「お父様」とかいう風に別の言葉を当てると、自分の言語じゃなくて他人の言語で言葉を聞いて、それを一度自分の言語に翻訳し直さなきゃいけないわけですよね。これって少し負荷がかかる。
一方で子供と同じ言葉で喋れば、子供はその人のことを味方であると思うんですね。
でも違う言葉遣いをすると、何か別の人種、別の人間であるという違いが認識されやすいし、処理をするためには負荷がかかってしまう。賢い人はそれでも変換して理解できるんだけど。
なので、話す人に話すとか考えるとかいうことにメインの力を注いでもらいたいような時には、なるべく相手の言葉遣いに合わせてこっちも会話してあげるーー相手の言葉、相手の言語で喋ってあげるという技術が重要になってきます。
で、そのための1番シンプルな方法というのが、「単語をなるべく言い換えない」。相手が使った単語は相手が使った通りで使うということです。
もちろん全部そうした方がいいわけではないんだけど、基本的には同じ言葉を使った方がいいという話に納得した。
ワークショップの直前にも同じ話を聞いて「そうしよう!」と思ったのに早速ミスってしまった。癖を直すのは相当大変だけど、都度意識しまくって必ず直す。
話を聞くのは難しい
北村さんもケンタさんもおっしゃってたけど、このワークショップの1番の感想はとにかくこれ。
物心ついた時からずーっとやっている「聞く」という行為の難しさにどうして今さら気づいたのかというと、「これまでは要約して説明する必要に迫られていなかったから」だと思う。
効果的な読書方法に「読み終わった後に内容を要約して誰かに話すつもりで読む」というものがあるんだけど、これをやってみると、「あれ!? 300ページの本を読んだのに内容ほとんど覚えてない!」ということに気が付いて愕然とする。
つまりぼくたちはどれだけいい加減に本を読んでいるかということなんだけど、会話も同じなんだということがわかった。
聞いた話を十分に理解できていないのに、それを要約して伝えていないから、「理解できていない」ということが理解できていないのだ。
普段の会話は実はそういう状況だったんだ、ということを嫌というほど突きつけられる衝撃的なワークショップだった。
学んだ技術を日常で使うのは難しい
ワークを学ぶと結構多くの人が、真面目に取り組みすぎるが故に日常生活でもワーク通りに喋り始めるんですよ。異様なんだよ(笑)
ワークで色々学んだルールとかやり方っていうのは補助輪みたいなものなんです。いつまでも大人になっても補助輪付きの自転車には乗らないよねっていう話であって。
補助やサポートっていうのは、それを使って何かコツを掴むことができれば最後は捨ててしまって構わない。
だから、「マニュアルは最後には必ず捨てるものなのだ」っていうことは頭の中に入れておいてください。
まずは言われた通り試しにやってみる。そうしてやってみた時に感じたり気づいたりしたことを持って帰ってもらえれば、ワークショップで学んだ意味があるかなと思います。
これはたぶん思った以上に難しいんじゃないかと思う。
まずモチベーションを保ち続けるのが難しい。その時は「よしやるぞ!」って思っても、数日経ったら忘れたり面倒になったりして学んだことを意識しなくなってしまう人は多い気がする。
そして意識していても上手に技術を使うのが難しい。
ワークでは「これはこういうことなんですね? 以上です」みたいな感じで思い切り露骨にやっていたけど(笑)、これを自然にやるのはそんなに簡単なことじゃなさそう。間髪入れずに喋りまくったり怒りながら喋ったり色々な人がいるし。
でも、難しくても頑張らないといけないなと思う。
ぼくはレンタル話し相手をやっているからというのもあるけど、どういう人生を送るにしたって、コミュニケーションは一生取り続けるものだからだ。絶対に諦めてはいけない。
2回目以降も頑張って貪欲に学んでいこうと思う。