「わからない」と思うための対話 第9回 感想

 

動画はこれ!

 

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今回のテーマはこれ!

 

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前回は自分の望みと他人の望みを区別するという話をしましたが、今回はそこの延長線上の話です。

 

 

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例えば、男性と女性のカップルがいてプレゼントお互いに贈り合うという事があったとしましょう。その時に自分は「すごく楽しかった、またやりたい」と思っても、相手の彼がどう思っているかというのは実はよくわからないんですね。

同じ出来事なんだけど、彼の方はひょっとしたら「出費が痛いなあ」なんて思っている可能性もあるわけです。

こういう風にして、同じ事実や出来事を見ていても人によって見え方や考え方や捉え方は違うわけです。これが最初の大前提になります。

 

この視点はいつも持っていて、楽しく会話した後も「相手は本当に楽しかったのかな……? 演技じゃないかな……?」といつも怯えている。

ただし相手の表面的な態度を全く信用しないのもやりすぎなので、同時に「たぶん本当に楽しかったんだろう」と安心してもいる。

このバランスはどちらに偏っても不幸になってしまうと思う。

「本当に嬉しかったよ!あなたのことを愛しているよ!」とどれだけ言われても全く信じられずに「私は人に迷惑しかかけてないし誰からも愛されてないんだ……」と思い込んでしまう人がいるけど、それは謙虚を通り越して不合理で、すごく辛い生き方だと思う。 

 

 

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人間って、自分の中の「こうなってほしいんだ」とか「こうしたいんだ」とかいう欲や望みが強ければ強いほど、そこに関わっている他者の視点、「他者がその件について何を考えていてどんな感情なのかとか何を望んでいるのか」という他者視点がどんどん抜け落ちていくんですね。

この他者視点が抜け落ちた結果、問題がうまく解決しないでその人が悪循環のループにハマっているみたいなことはよくあります。

 

この「他者視点の重要さ」は、ぼくの愛読書『夢をかなえるゾウ』でも強く説かれている。

 

 

「ワシ、人の心読めるやん? まあいつも読んどると大変やから気が向いた時だけにしとるけどな。人が何考えとるか見ると、まあひどいで」

「どういうことを考えてるんですか?」

「まあ、ほとんどが自分のことやな。もっといえば、自分の欲がどうなっとるかっちゅうことやわ」

(中略)

「自分らは、自分にサービスすることばっかり考えとるやろ。自分のエゴや欲を満たすことしか考えとらんやろ。でもな、もっと他人にサービスすること考えて、そのことを自分の喜びにしてかんとあかんで。『人の欲を満たすこと=自分の欲を満たすこと』 このガネーシャ方程式が体に染み込んでたら、あとはほっといても成功するで」

 

 

この一節はこの本の中でも特に印象に残っていて頻繁に思い出すのだけど、成功に限らず人間関係を円滑にするコツもまさにこれだと思う。地獄のような人間関係に悩んでいる人を見て「ああ、この人は自分の視点にしか立ててないな……」と思うことはよくある。

 

 

 

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そうやって自分の欲が強すぎるのに限らないですが、とにかくその件に関して関わっている他者がどう考えているのかという他者視点を持ったら色々なアイデアが湧いてきそうなんだけどそこが抜け落ちてるなーっていうタイプの人に対して、質問を使って他者からの見え方を想像させるというそういう練習を今日やります 。

自分からはこう見えていても相手から見たらどう見えているのかっていう相手の視点、この図の右の「?」の部分に興味を向けさせるように質問をするということです。

 

 

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一段下の望みが手段であったら一段上はその目的になりますよね 。

 

対人関係のトラブルとかって喧嘩みたいになってくると、目的を忘れて戦い始める人が多いんだよ。でも元々トラブり始めた最初には何かもっと本来の目的っていうのがあったはずなんです。

例えば「彼にもっと愛されたい」というのが望みなんだけど、愛されてないと思った時に不満に思って喧嘩を始めるわけでしょ。

で、その時に「どうやって喧嘩に勝つか」っていう風に手段がだんだん目的化してしまうんだけど、「じゃあ結局のところ何か目的なの?」って聞いて「相手から愛されることなんです」っていう答えが返ってきたら、「じゃあその喧嘩を頑張って続けることが得策なのか」っていう話になりますよね。

こういう風にして。自分は相手と自分の間でどういうことを一段上の望み、目的として持っているのかっていうことを質問して確認しておくっていうのは、この先の話を考えていくにあたって重要なんです。

 

これは本当にものすごく共感する。

身近な例では母が1番このタイプで、母は非常に感情的な人間なので怒ると相手に勝とうとすることしか考えない。娘や姉と良い関係を築きたいと思っているのに、はたから見ればどう考えても引いた方がいいだろと思うところで引かずに怒りをぶつけてしまう。

ぼくは何度か母に、「お母さんの目的は何? 最終的に良い関係を築くことでしょ? そこで怒ることになんの意味があるの?」と聞いたことがある。答えは「そうなんだけど耐えられないのよ」というものだった。

非合理的だし損してるなと思うけど、それが人間なんだろうと思う。ぼくはかなり理性で怒りを制御して一段上の目的に合った行動ができるけど、それでも時々は目的に沿わない行動を感情に任せてしてしまう。

そこで「あなたの目的は何? 怒ってもしょうがないんじゃない?」とか言われたら、「うっせーな! こっちはストレス溜まってんだから仕方ねえだろ! お前はこのストレスを引き受けてないからそんな正論吐けるんだよ黙ってろ!」と思うだろう。

正論通りに行動できないのが人間なので、正論を言うときは「そうは言っても難しいんだけどね」みたいなことをしつこいぐらい言わなければならないと思う。

 

 

 

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一応今回は上から順に質問していけばなんとなくそういう風に他者視点が導入されて何かに気づくっていう流れになるように組んでありますが、実際には現場レベルだと今日紹介した質問の1つや2つをポンと質問しておしまいというケースもたくさんあります。

全部を 一通り綺麗に上から下までなぞらなきゃいけないわけではなくて、その時そのタイミングでちょっと聞いてみたいと思ったことをポンと聞くという感じで、パーツパーツで使っていくというのは全然オッケーです。並び順とかにはそんなに深い意味はないので固執しなくて大丈夫です。

 

 

 

ワークの感想は、動画内で「ぼくはいつも他者視点を想像しているので特に感想はない」と言った通りだ。

 

以前、この記事でぼくは次のように書いた。

 

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「もしかしたら先生の言っていることは正しいんじゃないか? ぼくの優しさは間違っているんじゃないか? 」

そう何日も延々と考え、ある日、ぼくはついに分かった。

「そうか! 相手の立場に立たなきゃいけないんだ!!」

そう、ぼくはいつも「自分が良いと思ったこと」をしていただけで、「相手がどう思うか」は一切考えていなかったのだ。

それではどれだけ優しくしているつもりでも、嫌われたり怒られたりするのは当然だった。 

ぼくはそれから、あることを自分に課した。

「言動をする前に、必ず一歩立ち止まる」ことにしたのだ。

何か言いたいことがあってもいきなり言わず、「この言い方だと相手は傷つくんじゃないかな?」「今このタイミングで自分が発言したら、場の流れが止まっちゃうんじゃないかな?」と必ず立ち止まって考えるようにしたのだ。

 

 

上記で書いた習慣は今も続いており、いつも息をするように他者の感情や思考を推測している。

 

なので今回のワークでもケンタさんに質問をされて「特に発見はなかった」と言ったが、めんたねさんはツリーでこんな風にツイートされていた(ツリーの途中をいくつか省略している)。

 

 

 

 

これは、ぼくは「分かっている」と言っているが、実は「分かってない」ということなのだろうか?

自分が父親に「明るいバカ話だけをしてくれ」と言えない理由は確かに分からないけど、それは「父の視点を想像すること」とは全く別のレイヤーの話ではないのか?

少なくとも「外から見ている人にはよく分かること」ではないし……。めんたねさんのこのツリーの意味がさっぱり分からない。

 

ただどうあれ、「他者の視点を想像すること」と「他者の視点を正しく想像できること」は全く違う話なので、「ちゃんと想像してるから!」と思って油断してはいけないとは強く思う。「想像しようとしてるけど合ってるかな?」と常に自分の想像を疑う姿勢が大事だと思う。

 

「わからない」と思うための対話 第8回 感想

 

動画はこちら!

 

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今回のテーマはこれ!

 

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望みの5つの条件の話をした時に、望みには「自分に望むこと」と「他人に望むこと」の2種類あるよって話をしましたよね。

「自分に望むこと」っていうのは語尾が「〜したい」っていう形になります。

 

 

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そして相手に何かやってもらいたいことっていうのは、「〜してほしい」という形になります。

この「自分に対して期待していること」なのか「他人に対して期待していること」なのかっていう違いが、同じ望みであっても大きいんですよ。

 

ほうほう。

 

 

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どういう違いがあるかって言うと、自分の行動っていうのは基本的に自分で決めてるので割と自分が期待している通りに行動しやすいんですよね。とはいえぼくも「痩せたいな」と思いながら食べる量を減らすのが大変なので、自分の行動を何でもかんでも自分の思い通りにスイスイ変えられるわけではもちろんないんだけど。

だから自分への期待を叶えるのはそれなりに難しいんだけど、でも、自分以外の他人に対して働きかけて動かすよりは全然楽なんです。他人っていうのは自分じゃないから。脳みそが違うでしょ。

だから「よし、こういうふうに動かさせるぞ」と思ったからといって動いてくれるわけじゃない。この散歩拒否の犬みたいなもんですよね。他人を動かすというのは大変なんです。

 

よく言われる話だけどその通りだと思う。

 

 

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深い悩みの1つのパターンとして、「他者についての望み」というケースがあるんです。他者に対して「こうであって欲しい」と強く望んでいるんだけど、それがなかなか解決しない。

そのケースっていうのはだいたい、

 

【信念1:相手が変わらなければこの状況はどうしようもない】

 

と思っていて、そういう状況があった後で、そこに更に

 

【信念2:相手が変わる見込みがない】

 

という状況がプラスされています。

この2つがセットになった時、これはどうやったって解決不能なんです。

 

こういうパターンの悩みは特に家族関係に多いですね。「旦那や息子にこうであって欲しいと思うんだけど相手が変わらなければどうしようもないし相手が変わる見込みがない」みたいな。

「これはどうにも解決しないね」みたいな形で深い悩みになっていくっていうのは非常によくあります。

 

図式にすると確かにこうなるか。めんたねさんはよく図式を使って「これとこれがセットになった時に初めて成立する」とかおっしゃるけど、毎回納得感がすごい。

 

ぼくは他者についての悩みを聞いた時は、「『1:相手を変える』か、『2:あなたが変わる』か、『3:相手と離れる』か、3択しかありません」と言っていた。そして2を選ぶ人が1番多かった気がする。

 

 

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「じゃあこういうのどうしたらいいの?」っていうと、すごい簡単に言っちゃうと、相手の話(2つの信念)をそっくりそのまま信じて受け入れて話を聞くんであれば、もう【1:解決不能なので諦める】ですよ。

「あぁ、じゃあ解決不能なんで諦めましょうね」と。だって2つの信念が絶対に正しければこれ以外にないから。だよね。

 

だから基本1なんです。でも、 何で悩んでるかっていったら諦めたくないからなんですよ。大体多くの人は。

で、諦めたくないので何とか悪あがきをしようとした時に、さっきのこの信念1か信念2のどっちかが変わればひょっとしたら解決する道筋が見えるかもしれないっていう話になるわけです。

 

そうなった時、【2:信念1「相手が変わらなければどうしようもない」っていうのをどさくさに紛れて崩していく】っていう方策か、

【3:信念2「相手が変わる見込みがない」っていうのを崩して行く】っていう方策かどっちかを選びます。

 

ただこういうのは、相手が「こうであるんだ」と思い込んでいるものに働きかけをして崩しに行くっていうことだから、久保君がよく怒っているように反発されるっていうのが容易に想像つくわけ。

だからいかにして反発されないようにしながらどさくさに紛れてここを緩めて崩していくかっていうのが働きかける側の腕の見せ所になります。

 

で、そのために1番重要なのは、困ったらいつでも1に戻るということなんです。だって解決しなくても自分困んないじゃん。困るのは相手だから。

「あっそれじゃ無理だね」と相手に困ってもらって、「それじゃ嫌だ」ってなったその力を使って2や3を使って働きかけるということなんです。

 

【3:信念2「相手が変わる見込みがない」っていうのを崩して行く】もいつかやるんだけど、今日は【2:信念1「相手が変わらなければどうしようもない」っていうのをどさくさに紛れて崩していく】の方をやります。

 

めんたねさんは「どさくさに紛れて」っていう言葉をよく使われるな 。一見ふざけてるようだけど、大真面目だろうし本当に大事なことなんだろうな。「あなたを変えますよ」という意志を前面に出されると圧を感じて引いちゃうから、いかに相手に気づかせないようにするかを考えなくちゃいけないんだろう。

 

 

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前回やったことが実は今日やることそのものなんですよ。

というのは、「もっと妻が自分に対して優しい言葉をかけて欲しい」っていうのは「他人への望み」なわけだ。

これをそのままいじるのは無理なので、「自分への望み」に変えてもらうんですよ。

 

 

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そのための質問が前回の質問です。ただ特に「自分への望み」に変換させたい時には、この「あなたにとって」という一言を入れてやるとやりやすくなります。

 

今日は相手の望みを聞いた時に、「これは自身への望みなのか、他者への望みなのか」っていう視点で話を聞いてほしいです。

で、他者に対して望んでいることを自分に対する望みの形に変換してもらって、望みを上(目的の段)に上げて、別のルートを探します。

今日は別にルートは探さなくていいんだけどね。 他人への望みを自分への望みに変えてもらうということをやってもらえばOKです。 

 

 

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今回ぼくはワークで北村さんに話すのとは別に、お試しとしてめんたねさんにも悩みを話す機会をもらえた。

めんたねさんには「ホロコートをなかったことにできないのが悲しい」という世界への悩みを、北村さんには「ドラマ『金八先生』を見ても誰も金八みたいにならないのが不満」という世界への悩みをそれぞれ話した。

 

めんたねさんとの方のやりとりをざっくり書いてみよう。

 

 

久「ホロコーストで亡くなった方がたくさんいるのが悲しいんです」

め「もし仮にホロコーストがなかったら君にとってどんないいことがあるの?」

久「悲しい気持ちが無くなります」

め「それはnot付きの望みだからnotを取るとどうなる?」

久「心が落ち着きます」

め「じゃあ心が落ち着いている状態になれたらホロコーストが無くならなくてもいいの?」

久「え……?(困惑)いや、それは……嫌です。自分の心が鈍くなったってことなので」

め「ということは、ホロコーストに対して悲しい気持ちでいたいってこと?」

久「はい。そうじゃないと自分を好きになれなくなっちゃうので」

め「じゃあ『自分のことを好きでいたい』っていう望みがあるわけだ」

久「はい」

 

 

このやりとりによって自分の感情を言語化でき(「メンタライズする」と言うらしい)」、「自分にとって『悲しみを感じる』っていうのは大事なことなんだ」と気づくなどという効果があるそうだ。

 

それは確かに素晴らしいことなんだけど、ぼくはこの「じゃあ心が落ち着いている状態になれたらホロコーストが無くならなくてもいいの?」という質問に本当に困惑してしまった。

その理由には「自分を好きになれなくなってしまうから」というのももちろんあるんだけど他にも何かある気がして、一体なんだろうとずっと考えていたんだけど、やっとメンタライズできたので言おう。

 

「じゃあ心が落ち着いている状態になれたらホロコーストが無くならなくてもいいの?」という質問は言ってしまえば、

 

 

「自分さえ良ければいいの?」と聞いているに等しいからだ。

 

 

だから「ぼくの心が落ち着いたってホロコーストで何万人も死ぬことが変わってないなら意味ないじゃないか!」と思って困惑したのだ。

 

これは普段から思っていることだった。

ぼくはいつも他人に怒っていて、他人を変えようとしている。そのぼくに対し、「他人は変えられないから他人を変えようとするのは諦めて自分を変えようとした方がいいよ」と涼しい顔で言ってくる人はこれまで何人もいた。でもその度にぼくはこう思うのだ。

 

 

「そしたら他人が良くならないじゃないか!!」

 

 

と。

 

確かに「自分の不満をぶつけたい」「怒りを分かってほしい」という気持ちもある。だけど同時に、「この人に良くなってほしい」という気持ちもあるから怒っているのだ。ぼくが怒ることで「あぁそうか、これは良くなかったんだな。改善しよう」と相手に思ってもらえればそれだけ世界が良くなるではないか。

一方、自分だけの問題と捉えて相手に怒るのをやめれば、相手は変わらない。相手は自分を不快にさせた言動を他の人にもするだろうから他の人も不快になるし、その「他の人」から嫌われて相手も不幸になってしまう。

 

結果、良くなっているのは自分だけだ。何の衝突もないかもしれないが自分以外は誰も救われない。完全に「自分さえ良ければいい」の世界である。

 

ぼくはそれは絶対に嫌だ。自分を犠牲にしてでも世界を良くしたい。

 

だから、「他者の問題だと思っているものも実は全部自分の問題」という考えはこのワークショップ以外でも聞くが、この考えがぼくは嫌いだし反対したい。他者の問題は他者の問題であり自分の問題にすり替えてはいけない。

なんなら「自分の問題だと思っているものも実は全部他人の問題」とさえ言えるかもしれない。自分に未熟な部分があるのは自分を育ててきた親や学校や国のせいだろう。それらを改善していくには自分の問題を他人の問題にすり替えていかなければならない。

 

誤解しないでいただきたいのだが、これは「すり替えること『も』しなければならない」という意味である。

自省(自責ではない)はもちろん必要だ。それはしっかりやらなければならない。だがそれで終わらせず、自省した後でちゃんと他責をしなければならないということだ。

 

 

ちょうどつい数日前、芦田愛菜さんが名言を言ったという記事がバズっていた。なんでもこう言ったらしい。

 

人は『裏切られた』とか『期待していたのに……』とか言うけど、それはその人が裏切ったわけではなく、その人の見えなかった部分が見えただけ。見えなかった部分が見えたとき、それもその人と受け止められる、揺るがない自分がいるのが信じられることかなと思う」

 

この考えはネットで大絶賛されていたし、ぼくも素晴らしいと思う。だがそれは「その人の見えなかった部分が見えただけ」というところまでだ。その先の「それもその人と受け止められる」の部分には反対である。

受け止めてはその人が成長できる機会がなくなってしまうので、受け止めずにちゃんとキレてあげるのが優しさだと思う。キレることから逃げてはいけない。

 

 

このワークショップで習った「他者の問題を自分の問題に置き換える」という手は、他人を変える能力や余裕がない人が使えばいい。

だから人から相談をされた時は普通に今回習った質問を使うが、ぼくは今回のホロコーストのようなどうやっても変えられない問題以外は変える能力も余裕もあるので、ぼく自身がこの質問を自分に使うことは基本ないだろう。

 

これからもぼくは全力で他責していく。

 

「わからない」と思うための対話 第7回 感想

 

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今日は「望みにも階層があるよ」ってことを教えます。

 

例えばある男性がいて、「もっと妻が自分に対して優しい言葉をかけてほしいんだ」という望みを持っているんだけど、その望みが叶う可能性が低いとしましょう。

こういう時は、「1個上の望み」を考えてみるんです。

 

どういうことかって言うと、ある望みっていうのは、その望みを叶えることによって手に入るものの「手段」だということです。

 

「じゃあもしも奥さんがもっと自分に対して優しい言葉をかけてくれるようになるとあなたにとってどんないいことがあるの?」とか「今とはどんな風に違ってくるの?」って質問します。

そうすると、「ああ、安心できますね」とか答えるわけ。そうすると「この人の望みは「安心したい」というものなんだなと分かるでしょ。

こうやって「手段」が下にあって「目的」が上にあるっていう風に図に書けば、一段上の望みっていうのが分かります。

 

で、「もし仮にこの『妻が自分に対して優しい言葉をかけてくれる』っていうのが実現しなくても、家にいて安心して過ごしていられるんだったらそれはそれでいいですか?」って聞いてみるわけです。

この時、「それでいいですよ。奥さんの声がけは全然変わらなくても、安心した心の状態を常に作れるようになれれば私は安心できます」って言われたらこっち(右)から登って行けばいい。別のルートでね。

 

この時何が起きたかって言うと、こっち(左)の望みがこっち(右)の望みにシフトしたわけ。

 

こんな風に、一個上の「安心できる(安心したい)」っていう目的を経由して望みを横にずらして新しい他の望みを持ってもらうことができます。

 

この時、「もっと妻が自分に対し優しい言葉をかけて欲しいんだ」「いや安心して心の状態を作れるようになりなさい」って、いきなりこの下段の部分で代替案を出して押したり引いたりすると、なんか対立構造になっちゃうんだよね。

そうじゃなくて、必ず1個上に上がって「あなたはこういう目的を持っているんだね。私はこの目的に協力すればいいんだね」っていうことをしっかり踏んでから下段の別のルートで登っていくっていう風にすると、こっちがアドバイスや提案をするにしても通りやすいです。

 

ワークの最中も言ったけど、ぼくはこの手法をとても頻繁に使われていて、すごく腹が立っている。

 

「レンタル話し相手やってるんですよ」

「それはなんのために?」

「学校を作るためです」

「それだったらレンタル話し相手じゃなくて別のことをやった方がいいよ」

 

何度このやりとりをされたことか!

ぼくはめちゃくちゃ考えた上でその手段を選んでるのに、「君の目的はこれでしょ? だったらその手段なんかよりこっちの手段の方がいいよ」って簡単に言うなよボケ!! といつも思っている。

 

そりゃ気持ちは分かるけどさ……。ぼくだって依頼者からの相談を聞いて「その手段で望みを叶えるのは無理じゃない……? 別の手段を考えた方が良くない……?」って思うこと結構あるけどさ……。

もうちょっと相手の考えた手段を尊重しようよ……「望みの横ずらし」を即座にやられたらその時点でその人のことは敵ポジションとしか思えなくなるんだよ……と思う……。

 

だからめんたねさんもおっしゃってたけど、「望みの横ずらし」をするのは、その人が考えた手段についてまずは一緒に考えて、「やっぱこの手段は無理だわ」と本人に諦めさせてからが理想だと思う。

 

でも諦めさせるのは相当時間がかかって実際には無理だろうから、実際には「その手段で考えてるのね。その手段もすごくいいと思うんだけど、一応他の手段も考えてみない?」みたいな言い方をすればいいんじゃないかなと思った。

 

 

 

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今は1つの手段に1個の目的だったんだけど、時には1つの手段に2つ以上の目的があるケースがあります。

例えばさっきの例だと、「じゃあもしも家で安心できるようになれば別に奥さんが自分に対して優しい言葉をかけてくれなくても大丈夫ですか?」って聞いた時に「ダメです」って答える可能性があるわけです。

その時ってたぶん、この手段で達成したい目的っていうのが「安心できる」の他に別のものもあるからなんですよ。別の手段にしちゃうとこっち(右の目的)が叶わなくなっちゃうからダメなんです。

例えば、「妻には子供の模範として行動して欲しいんです」とか、そういう目的があるかもしれない。

 

ぼくなんか、「レンタル話し相手で成功する」って手段の目的は

 

・お金を稼ぐ

・有名になる

・ファンを作る

・モテる

・彼女を作る

・周りの人を見返す

・学校を作る

 

ぐらいたくさんあるから、「レンタル話し相手で成功する」以外の手段は絶対に取らない。これだけの目的を一斉に叶えられる最高に効率の良い手段だからだ。

 

だけど、こうやって1つの手段で何もかも叶えようとしすぎるのは危険かもしれないとも思う。

 

大学4年生のヒッチハイクをした時、車に乗せてくれたおじさんがぼくにヒッチハイクをした目的を聞いてくれた。

 

ぼくはそのヒッチハイクに4つぐらいの目的を詰め込んでたからその目的を全部バーッと話したんだけど、そしたらその人がこう言ったのだ。

 

「全部の目的を1つの手段に結びつけなくてもいいんじゃない? なんか、無理やりこじつけてる気がする」

 

ぼくはこの言葉にかなりハッとさせられた。「このヒッチハイク中にこの目的を達成しなくちゃいけないんだ」と思い込んでいたけど、よく考えたらその目的のいくつかは、別にヒッチハイク中に達成できなくてもなんの問題もなかったのだ。帰ってからだって普通に達成できる目的だった。

 

おじさんの言葉でぼくは急に視野が広くなって楽になり、ヒッチハイクをのびのびとしたあと、帰ってからゆっくりとそれぞれの目的を違う手段で達成しようとするという賢明な選択ができたのだ。

 

 

こういうことって、ぼく以外の人も結構あるんだと思う。

このスライドの例で言えば、この男性は「いや、この2つの目的があるから奥さんには絶対に優しい言葉をかけてもらわないといけないんです!」と頑なに言い張るかもしれない。

 

でもそれぞれの目的をきちんと検証していけば、必ずしもその手段にこだわる必要はないのだ。

 

「安心したい」という目的を達成するためには「安心できる心の状態を作る」という手段を選べばいいし、「子供の模範として行動してほしい」という目的のさらに上は「子供に立派に育ってほしい」という目的があるだろうから、その目的を達成するためには、例えば「優しい言葉をかけることの大切さを自分自身で懇々と説く」とかいう手段を取るのでもいいかもしれない。

 

こうやって手段を細分化したり、聞いた目的のさらに上の段にある目的を聞いたりすれば、実現可能性の低い手段を取る必要はなくなる。現実的で楽な手段をとればいいのだ。

 

まぁぼくの場合は「レンタル話し相手で成功する」が最も現実的で楽な手段だと思うから、絶対に手段を変えないけど。

 

 

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お金って典型的な手段なんですよ。お金を使って何かを買ったり何かをやったりするわけでしょ。

「じゃあお金がもし手に入ったらどんないいことがありますか?」って聞くと、「とりあえず何にでも使えるし」とかいう漠然なことを答える人がいて、このケースってたぶん目的が曖昧なんです。

目的がそもそもないので、そういう人っていうのは「とりあえずなんか望みを言え」って言われたら「お金がほしい」って言っとくみたいな、そういう風な答え方をしている可能性が結構高いんです。

だからお金を手に入れたからって、そのお金を使って何をやりたいかっていうのはまだ見えてないんです。

 

ホリエモンの本で「お金を稼ぐ方法はたくさんあるけど、お金を稼いで君は一体どうするの?」みたいなタイトルのやつあったな。読んでないけど。

「お金を稼ぎたい」っていう相談は今まで1件もきたことないんだよな。それはぼくがお金を持ってないことが分かるからだろうな(笑)

 

いつかお金持ちになったらそういう相談もたくさん来るだろうから、その時は「お金が入ることでどんないいことがありますか?」と聞いてみよう。

 

 

 

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全てを抽象化していくと最終的には、幸福とか快感とか、そういうざっくりとした大きな話になります。

ただそれを具体的な手段に落とし込んだ時には人によって色々な形で分岐していて、その幸せになるための望みの分岐の仕方っていうのはその人の個性そのものだったりするわけですね。

 

どういう時にこの山登りをするかっていうと、

 

①今の望みが実現しにくい時

②今語られた望みがさっぱり意味が分からない時

 

基本的にはこの2つになります。

 

この時、「なぜ?」とかいう聞き方をしてしまうと、「純粋に理由を聞いている」と捉えられ図に「責められている」とか感じてしまう可能性があります。

 

なので、「その望みを叶えるとどんな良いことがあなたにあるんですか?」とか、「その望みを叶えるとあなたは今とどう違ってくるんですか?」なんて聞くと、1個上の望みが語られやすいです。

 

だから変に「責められた」とか萎縮させないようにしながら一段上の目的を聞くためにそういう聞き方をするって言うだけなので、自分が「ああ、そういうことね」って理解できるところまで登ればいいです。

 

ワーク中に「例外を考えたら『死にたい』っていう望みが思い浮かびました」って言ったけど、もう1つ例外があった。「人を助けたい」だ。

 

世の中にはナイチンゲールガンジーなど、自分の身を削ってでも人を助けたいとか世の中を良くしたいと思っている人がいる。そういう人は自分の幸せなんか望んでいない。

 

ここで

 

「いや、そういう人は人を助けることが生きがいになっているんだよ。結局自分のためなんだよ」

 

と思う人もいるかもしれない。もちろんそういう人もいるだろうが、世の中には本当に生きがいとかではなく使命感で人を救っている人がいるのだ。

 

身近な例で言えば、例えば夜回り先生がそうだ。彼は何人もの青少年を救っている一方で、何人もの青少年を亡くしている。ドラッグなど本当に危ないことをやっている人にも多く関わっているからだ。

 

夜回り先生はこう言っている。

 

「私は死んだら地獄に行くんです。だって何人もの生徒を死なせてしまったんですから」

 

そんな修羅の道を、生きがいだけで進めるわけがない。進めば進むほど、幸せどころか不幸せになることが分かっているのだから。

 

それでもそういう生き方をやめないのは、彼を動かしているのは「使命感」だからだろう。

「幸せになりたい」ではなく、「人を助けたい」というのが最終的な望みである山もあるとぼくは思う。

 

 

 

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北村さんの話を聞いたけど、シンプルすぎてすんなりできてしまった。もっと複雑な話を聞いてみたかった。

ワーク以外で試してみると派手に転びそうだから、失敗が許されるワークで難しい話に挑戦してみたい。予定していた回数より増えるかもしれないらしいし、第8回目以降のワークのどこかでチャンスがあったら、今回学んだ技術をまた使ってみたい。

 

「わからない」と思うための対話 第6回 感想

 

動画はこちら!

 

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今日のテーマはこれ!

 

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まず、今日やる技術はどういう場面でどういう風に使うのかっていう話からします。

これまで「悩みを聞いて望みを聞く」っていうワークをやってきたと思うんですが、「どうなったらいいと思いますか?」って望みを聞いているのに語られるのが悩みであるっていう場合がありますよね。

そういうケースの時にそれを望みとして語ってもらうためにちょっと工夫がいるわけです。

特に頭の中が悩みで考えるのにすごく慣れ親しんでいて、望みという形だとちょっと出てこないという人が結構いるわけね。

そういう人たちには望みを語ってもらう準備体操みたいなものが必要で、そのために使います。

 

なるほど!

 

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望みが出てきにくい人は、現実に縛られすぎちゃうんだよね。そこで現実から解き放つためにどうすればいいのかって言うと、遊びというかゲームというか、わざわざ現実離れした設定を持ち込みます。

例えば「魔法使いのおばあさんがやってきてあなたに魔法をかけて全てが思い通りになっちゃったらどうなりますか?」っていうのって、どう考えても実現しない質問ですよね。 実現しないからこそ比較的夢物語を気軽に語れる。

そうしないで「どんなことを望んでますか?」って聞くと、「いやこんなの無理だし、あんなの無理だし」って最初に可能性を閉じてしまうので、ちょっとチラついたことも語れなくなってしまう。

だからわざと「実現不可能なこと」っていう枠で包んで語ってもらいやすくするってことだね。

 

なるほど!!「現実に縛られすぎちゃう人には現実離れした設定を持ち込む」という発想はなかった!

確かにこれなら望みがなかなか出てこない人も、「まぁそういう設定なら……」と望みを語ってくれそう。

 

 

ところで、「相手の望みを引き出す」と言えば、ホリエモンがいつも言っている話を思い出す。

 

ホリエモンの元には「やりたいことがないんです」という人がよく相談に来るそうで、ホリエモンはそんな人といつも決まってこういうやりとりをするらしい。

 

 

「好きな芸能人いる?」

「はい。新垣結衣さんが好きです」

「いいね。じゃあ新垣結衣さんと付き合えたらいいなって思わない?」

「そりゃ思いますよ!」

「ほら、やりたいことあるじゃん。それが君のやりたいことだよ。君の目標は今から、『新垣結衣さんと付き合うこと』です。頑張ってね」

 

 

これは本当に素晴らしいやりとりだと思う。

ホリエモン曰く、

 

「『やりたいことがない』人なんていない。みんな、『本当はこれがやりたいんだけどどうせ無理だから……』と思って願望に蓋をしているだけだ」

 

とのことなのだが、ぼくも本当にそう思う。

志田未来と付き合う」というぼくの本気の思いに友達はみんな引いていたが、ぼくはそんなみんなに引いていた。なぜ無理だと決めつけるんだろう。

確かに一般人のままなら女優と付き合うのは不可能に近いだろうが、なんらかで成功してバラエティ番組に出て志田未来と絡んで仲良くなってLINEを交換すればいいではないか。

 

女優やアイドルが大好きな人は応援しているだけでいいのだろうか? 「応援だけするのが1番幸せなんです」と心から思えているならそれでいいと思うが、「もし付き合えたらどんなに幸せか」と思うならなぜ付き合うための努力をしないのか?

 

なぜ努力をしないかというと、ホリエモンの言う通り「思いに蓋をしているから」だろう。言い換えれば「枠に囚われている」ということだ。

 

その「枠」を取っ払うために、以下の質問はすごく効果的だと思う。

 

 

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今日はここに書いてある通りそっくりそのまま読んでもらえばいいです。慣れてくればこれを一言一句違わずに読んでもらう必要は全くなくて、「魔法使いのおばあさんに夢を叶えてもらう」っていう枠が説明できれば問題ありません。 

この時、以前のワークでも言ったように人は頭の中でイメージが持てたものに向かって動いて行きやすいので、なるべく具体的にイメージできる形で引っ張り出してあげた方がいいです。実際にそれを実行してるイメージが持てるように話を聞くということですね。

そのためにはこの、「翌朝目覚めてからどこでどんな風に奇跡が起きた事に気づきますか?」っていう質問が重要で、「『あ、ここで今自分はいつもと違う状態だぞ』って気づきます」っていうのは、けっこう具体的にイメージできてないと語れないわけですよ。

 

この質問によって枠を取っ払うことができれば、今まで蓋をしてきた望みを引っ張り出せるし、言葉にできる。うまくやれば、望みが叶った状態を具体的にイメージしてもらうことができる。

そうしたら「やっぱりこの望みに向かって進んでみたい」と思えるようになる確率は高くなるだろう。

 

 

 

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ラクルクエスチョンをされても最初は「特にないです」とか控えめで終わらせようとする傾向があるので、そこを上手く煽って引っ張り出すんです。こういう風にすると望みを考える準備体操……心のストレッチになるので、望みが出やすくなるんだよね。

 

これはできる自信が全然ない。ワーク以外でやって相手が不快にならないイメージが沸かない(笑)

いくら実現不能な設定ということにしていても、「今回を逃したら2度と叶えてもらえないので今できるだけ注文しておいた方がお得ですよ」と言っておいて、「まぁ設定だから実際には叶えられないんですけどね(笑)」と言うのにはかなり抵抗がある。なんというか、「ワクワクさせた責任」みたいなのがある気がする。

 

だけどこれはあくまで「煽り」としてはできないというだけであって、普通に優しく楽しく控え目な姿勢で聞くなら問題ないと思う。ぼくはそうやっていきたい。

 

 

 

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もちろん、ミラクルクエスチョンをした時に言ってもらった望みが実現可能かと言うとたぶん実現不可能なんです。

なんだけど、この「実現不能な大きい望み」っていうのが分かると実際に叶えるとしてもたぶんこっち側を向いたこの辺の話になったりはするんだろうなっていう望みの方向性が見えるじゃない。

それだけでも話を聞きやすいし、本人も「まぁ実際これは無理だとしてもこれぐらいは行けるかな」っていう風に望みが出やすくなったりします。

 

ぼくは本当に実現不能な望みなんて「過去に戻りたい」以外ほとんどないと思っている。本気になれば大抵どんな望みだって叶うので、一見実現不能に見える大きな望みに向かっても進むべきだと思う。

 

けどそれは最終段階の話であって、ミラクルクエスチョンを使わないと望みが出てこないような人にいきなりそんなことを言ったら「だから無理だって……」と確実にめげてしまうだろう。

 

だから「第一歩として」本人にも実現可能だと思える小さい望みを設定し、それに向かって進んでもらおうとするのは非常に大事なことだと思う。階段は一歩一歩順番に登らないといけない。

 

この「小さな望み」が叶った後はもう少し大きな望みを目指してもらいたいし、最終的には最果てまで行ってもらいたい。

 

 

 

ワークの内容と感想

 

ワークの内容はこれ!

 

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今回はケンタさんの話を聞いたが、煽りまくってもなかなか大きな望みが出てこなくてもどかしかった。

ぼくはこういう時、正直イライラしてくる。望みがありすぎるぼくとしては望みが出てこなかったり出てきても小さい望みでしかなかったりするのが理解できなくて、「なんで望みがスッと出てこないんだよ!」とか「もっと大きな望みを持てよ!本当にそれでいいのか!?」とか思って地団駄を踏みたくなってしまう。

 

でもたぶん、ミラクルクエスチョンを使わないといけない人はだいたいこんな感じなんじゃないだろうか。せっかく魔法使いのおばあさんという設定を出しても、1人じゃなかなか大きな望みが出てこない人の方が多いような気がする。

 

そういう人に対しては、今回ぼくがやったように「こんな望みもあるしこんな望みもあるしこんな望みもありますが、どれかいいのありますか?」みたいな質問をしてこっちからうまく引っ張っていく必要があると思う。

 

でも、「豪遊とか女性と付き合うとか世界一周とか……」といろんな望みを提示してるのに、ケンタさんがそれらの望みに全然惹かれないのには驚いた。

 

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微塵もワクワクしていない顔である

 

「おい!ハワイで豪遊して美女と付き合うのは男の夢だろ!!なんでそんなつまんなそうな表情なんだよ!!」とツッコミたくて仕方がなかったが、ケンタさんが惹かれないのなら仕方がないので、「全然楽しそうじゃないじゃないですか(笑)」と言ってケンタさんの口から別の望みを引き出した。今度は「ソレジャナイ顔」を見抜けてよかった。

 

 

今回の反省点は、めんたねさんに指摘された、「ケンタさんが考えてる時にぼくが質問をして思考を遮ってしまう」というやつ。

ワーク以外の時はけっこう気をつけられているつもりなんだけど、ワークは時間が限られてるし多くの人が見てるから空白の時間を少なくしようとついぼくのペースを優先させてしまう。

次からはなるべく相手のペースに合わせて、相手が黙っていたら「助け舟出した方がいいですか? それとももう少し待った方がいいですか?」と聞くようにしようと思った。

 

今回は今までで1番楽しい雰囲気のワークだった。

次はもうちょっとヘビーなのをやりたい!

 

「わからない」と思うための対話 第5回 感想

 

動画はこちらから!

 

www.youtube.com

 

 

今回のテーマはこれ!

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ピタッと相手が望んでいることをこっちが言葉に出してあげると、「そうですそうです!」ってすごく嬉しそうに強い肯定的な反応があるじゃないですか。

ニッコリすることもあるしすごい力強く頷く時もあるし反応は色々なんだけど、「それはポジティブだよ」って分かるような反応が返ってくると、「ああこれはだいぶ相手が心の中で思っている望みと近いものなのかもな」って思うわけです。

逆に「はい」って言いながらも、「うーん、なんか違う」みたいな微妙な反応をしている時には、「ひょっとしたらこれはズレている望みなのかもしれないな」っていうことを考えときましょうねということです。

 

このワークショップを受けてから、この「ポジティブな反応を返してもらうこと」に対しての意識がめちゃくちゃ強くなったと思う(前回のワークショップでケンタさんの「コレジャナイ顔」に気がつかなかった姿を見せたばかりだけど笑)。

 

第1回の最初の

 

1.相手の話を正確に理解する

2.自分が相手の話を正しく理解できたことを相手に伝える

どちらが欠けても「共有」はされない

 

この教えが本当に衝撃的で、「理解できたことを相手に伝えよう。そして『そうです!』ってポジティブに言ってもらおう」と強く思った。

 

それから依頼者の方や母と話す時にいつもそれを意識していたら、「そうです!」とポジティブに言ってもらえる回数が増えてきた。これはすごく分かりやすい「コミュニケーションがうまく行っている証」だ。

 

「そうです!」って言ってもらうたびに快感を感じるようになった。これからもどんどん「そうです!」ポイント(?)を集めていきたいと思っている。

 

 

 

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ぼくらは望みがあったら望みに向かって近づいていきたいわけですよ。

ただし多くの悩み相談という形の時には、この望みに横たわる形で何らかの問題や悩みというのが生じるわけです。

で、この悩みと望みというのは裏表の関係にあるわけだよね。望み通りにいけないからそれが問題や悩みなんだと。

ここまで分かったら、じゃあ問題や悩みがもう1回どうなったらいいのということを気にするわけです。そうすると何かしら別の望みになったりします。

ちょっとやってみましょうか。



〜デモンストレーション〜

 

めんたね「何か悩みある?」

ケンタ「三食食べられないのが悩みです」(大元の悩み)

め「じゃあそれがどうなったらいいと思う?」

ケ「三食食べられたらいいと思います」(望み1)

め「なるほど。じゃあそれ、実際にそうしたらいいと思うんだよね。でもそうするにあたってうまくいかないところとか引っかかるところがあるからやれてないんだよね。それってどこなの?何が引っかかってるの?」

ケ「寝坊してしまうんです」(問題1)

め「じゃあそれはできたらどうなったらいいと思う?」

ケ「早起きできたらいいと思います」(望み2)

め「早起きしたいというのが次の望みなんだね。それが望みなら実行したらいいと思うんだけど、実行するにあたってなにか引っかかるところってある?」

ケ「やっぱり寝ていたいんですよね」(問題2)

め「じゃあその問題についてはどうなったらいいと思う?」

ケ「早起きはしてスキマ時間で寝ていたいですかね」(望み3)

め「じゃあそうしたらいいと思うんだけど、それを実行するにあたって何か問題点とか困った点ってある?」

ケ「問題はないですかね。タイマーをセットすれば起きれるので」(問題なし)

 

め「じゃあタイマーをセットして望み3が実現すると問題2が解決して望み2が実現して、望み2が実現するから問題1が解決して望み1が実現するという話になるよね

 

〜デモンストレーション終了〜

 

今みたいにして解けてしまえばそれはそれでいいんですよ。

だけど大体はこんな風に解けない 。

 

この2つの質問を繰り返していると話がぐるぐる回って、話が前に進まなくなるというタイミングが来るんですよ。

そこをぼくは「悩みのへそ」なんて言ってますけど、その人が引っかかっている根っこの部分の悩みなんだということですね。

 

なるほど!

悩みと望みは基本的に1つずつしかないと思っていたけど、確かにこうやって階層化(イメージだけで使ってるから言葉の意味全然違うかもしれない)できるじゃないか!

こうやって段々にしていけば、今回のようにどこかで「この望みに関しては問題がない」と言われる時が来ることがある。そこから逆算的に全ての問題を解決させ望みを叶えていくという手法は鮮やかだなと思った。

 

ぼくは普段、「何が問題ですか?」とはひたすら聞くけど、「それがどうなったらいいと思いますか?」と聞くことは少ない。第2回の感想記事で書いている通り、相手の望みをそれほど重要視していなかったからだ。

依頼の時も、最初に悩み1と望み1を聞いたりそのあと問題2や問題3を聞いたりすることはあっても、望み2や望み3を聞くことは少なかった。これからは望み2や望み3も聞くようにしていきたいと思う。

 

 

 

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1番目はこれまでのワークでやってきたやつだね。現在地点からどこに向かって歩いて行けばいいのかがわからないというタイプの悩み方。

 

 

2番目は、望み自体ははっきりしてるの。さっきの「早起きしたい 」みたいなね。

ただし、休日に早起きしたいという望みはあるけれど同時に他にも別の望みがあって、こっちの望みに行くかあっちの望みに行くかで迷っちゃうんだよね。

で、両方いっぺんに手に入るものならいいんだけど、さっきみたいに「休日に早起きしたい」という望みと「休日にゆっくり寝ていたい」という望みは両立しないよね。

そうするとこれは、「両立不能な複数の望み」を持っていることになる。

そういう時ぼくらの心は、「どっちに行こう?」と迷うことでエネルギーを使い果たしてしまって結局どっちに向かっても動けないということが起こる。

こう言う風に2つの望みで迷うことを葛藤と言ったりしますね。このパターンは結構多いです。

 

 

じゃあ3番目。今度は望みははっきりしているし葛藤もない。

ちなみに葛藤があるかないかっていうのは、望みがはっきりした時に「じゃあその望みが実現したとして何の問題もないですか?」って聞いた時に、「あ、困っちゃう」って思うことがある時はだいたい葛藤なんですよ。

だってこっちの望みが叶っちゃうとこっちの望みが叶わなくなっちゃうから。でも両方欲しいからね。

それに対して「何も問題ないです。ウハウハです」と言うにも関わらず、「じゃあなんでその望みを実現しないのですか?」と聞くと、大体は「どうやったらその望みが実現できるのか分かりません」という答えが返ってくる。これがルート不明のパターンです。やり方が分からない、道が見えないということだね。

アドバイスが通じるのは基本的にこのルート不明パターンだけです。

 

 

4番目。望みははっきりしてます、葛藤もありません、ルートも何をやれば望みに行けるのか分かっています、でも不安なんですいうパターンだね。

不安な人っていうのは、自分で実際にやれるものがあってもやれる気がしない。だから「不安」と「ルート不明」というのはかなりセットで近いんです。不安が強すぎるとルートが無いように見えてくる。

特に試験勉強とかそうだね。試験勉強っていうのはやったら確実に合格するという保証がないんです。でも合格するためには試験勉強しなければいけないというルートが見えてるんですよ。だから歩くしかないんです。ただ歩いても成功しないかもしれないというだけなの。

でも不安が強いタイプの人はそういうの耐えられないんだよね 。

 

悩みのパターン分けなんて考えたことなかった!なるほど、この4つに分類できるのか……!

これは面白い。これから悩みを聞くたびに「どのパターンかな?」と考えてどれかに当てはめることでぼくも相手も敵(悩み)の正体が分かってスッキリすると思う。

 

 

ぼくは「③ルート不明」の悩みを望みに近づけるのが得意だと思う。

「ルートが分からないんです」と言う依頼者に対して、多くの場合「こんなルートやあんなルートがありますよ」と伝えることができる。

 

 

「①悩みが曖昧」はあんまり気にしたことがない。上述のようにルートを教えればとりあえず悩みから離れられて幸せになれるからだ。結果的に「望ましい状態」になればいい。

 

……ただそれはこれまでの考え方であって、今は第2回の感想記事で書いたようにこう思っている。

 

 

だが、「まずは」相手の望みをしっかり聞くことが必要なんだと思う。

何故なら、そうすることでよりはっきりと「味方ポジション」に立つことができて相手に安心してもらえるからだ。

相手の望みに沿わないアドバイスをするとしても、それはまず相手の望みを聞き、それを叶えようと一緒に悩んで(少なくとも悩むフリをして)からでないといけない。

 

 

これからはちゃんと望みをハッキリさせてからルートを見出すようにしたいと思う。それも、これまでは自分で見つけたルートを教えていたけど、そうではなくなるべく相手にルートを見つけさせるようにしないといけない。

 

 

②の両立不可能な望みや葛藤は本当に難しい。

動画をツイートに貼った、「結婚したいが、『自分たちが信じている宗教に彼氏にも入ってもらわないと結婚を認めない』と両親に言われている」という悩み相談(ドッキリだったが)はまさにこれだった。

親との縁は切りたくない、彼氏に宗教に入ってもらうことはできそうにない、宗教の中から彼氏を見つけることもしたくない……と八方塞がりでどうしようもなかった。

こういう場合は「弱い望みを捨ててより強い望みを選ぶ」か、「超頑張る(神がかり的な方法で親を説得する、婚活しまくって宗教に入ってくれそうな稀有な男性を見つけるなど)」かのどちらかしかないと思うんだけど、どちらも負担が大きすぎるので④のパターンに入ってしまう。

(めんたねさんは②が③になることがあるとおっしゃってたけど、ぼくは④にもなるような気がするな……。高性能で安いパソコンはめちゃくちゃ頑張って探せばどこかにはあるかもしれなくて、「頑張って探してもそんなパソコンを見つけられないかもしれない」という「不安」になるんじゃないのかな……違うかな……)

 

 

④の不安がぼくの体感では1番多い。先ほど言ったようにぼくは多くの場合ルートを教えられるし②を④まで持っていくこともできる場合があるけど、④はマジで解決できない。ほとんどの人は不安を持ったまま頑張り続けることができないからだ。

 

どれだけ不安でも頑張るしか選択肢はないとぼくは思うのだけど……。

 

またまた『カイジ』を持ち出してきて申し訳ないのだけど、そしてカイジにこだわっているわけではなく引用したいと思う描写がたまたまカイジにあるから引用しているだけなのだけど、『賭博破戒録カイジ』にこういうシーンがある。

 

 

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ぼくは『カイジ』シリーズの中でこのシーンが1番好きで、依頼者にも毎回「望みに進むのが気持ちのいい人生ってもんだろっ……!!」と言っているんだけど、その時は「そうですよね」と言ってくれても、時が経ったら「やっぱ望みに進むのキツいよ……」と思って望みに向かって進むのをやめてしまう人がほとんどのような気がしている。カイジと違って失敗しても地の底に沈むわけでもないのに……。

 

学校の先生と生徒みたいに長期的に毎日のように会う関係であれば何百回も言えるし行動をサポートすることもできるんだけど、数時間の相談で不安を持っている人に行動力を持ってもらうのはほぼ不可能だと思う。そこにいつも無力感を感じている。

 

 

 

 

あとは見た通り!

 

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ワークは初めて2ステップあるパターンだったからスマホで資料を見ながらじゃないとできなかったけど、割とスムーズにできたような気がする。

 

いや、分かっている。ぼくだって「できた」なんて言いたくない。「わからなかった」と言って褒められたい。

でもできてしまったのだからこう言うより仕方がない……。できてない部分があったら教えてほしい。

 

なので今回のワークでは、動画内で言った、「最初に悩みエピソードを聞くのを忘れていた」「悩みだと思っていたものがケンタさんに質問されるうちに悩みじゃないと分かって楽になった」以外の感想が浮かばない……。

 

まぁこういうこともある!終わり!

 

「わからない」と思うための対話 第4回 感想

 

動画はこちらから!

 

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今回のテーマはこれ!

 

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否定形で望みを語るとマイナスの方向に引っ張られる

 

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無意識には、肯定形と否定形の区別ができないっていうところがあるんです。

「緑色のサンタクロースを想像しないでください」って言われても、人は緑色のサンタクロースを想像してしまうんですよね。

この「想像しないで」という言葉の「しない」っていう否定の部分はあまり関係しないんです、無意識には。「緑色のサンタクロース」っていう単語が出た瞬間に頭の中には思い浮かんでしまう。


初めて聞く話だった。そんなバカなと思いたいけど、無意識の力というのは侮れない。

意識と無意識のバランスを表現するのに、この氷山の絵がよく使われる。

 

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(イラストACからのダウンロード)

 

ぼくたちは普段海上(意識)の部分しか見えておらずそれが全てだと思っているが、実は海中には海上よりも遥かに大きい無意識が存在しているのだ。

 

どれだけ意志を強く持ったところでこの無意識には絶対に勝てないので、無意識がどう感じるのかということを学習し自覚しておくことがすごく大事らしい。

 

だから、「そんなバカな。意識的には肯定形と否定形を区別できてるから大丈夫だよ」と簡単に考えたらいけないのだ。

 

 

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ビルの間に掛けた、幅1メートル、長さ30メートルの板の上を歩くのを想像してください。風が吹いてなくても、結構な確率で落ちる人が出るんですよね、たぶん。

 

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なんでかって言うと、やっぱりこういうところに立ったら、落ちることを考えちゃうんだよね。

 

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落ちることを考えて頭の中でそのイメージができると、体がそっちに引っ張られていっちゃうんですよ。

 

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人間というのは、無意識でイメージしたものにどうしても寄って行ってしまうところがあります。

反面教師ってあるでしょ。「絶対にこういう風にならないにしよう」っていうやつ。反面教師ってけっこう危ないんだよね。「ならないようにしようならないようにしよう」って思うんだけど、イメージしてしまうのは「なってはいけない」っていう姿をイメージしているから、気が付くとそっちに寄って行ってしまうっていうのは十分にある。

 

なるほど……。

毒親に育てられた人は大人になった時自分自身も毒親になってしまいがちになる」っていう話を聞いたことがあるけど、それもこういうことなんだろうか。

 ぼくは「こういう風になりたい!」って思える人たち(親以外にも先生など)に育ててもらったから、すごく幸運だった。

 

 

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だから、望みは否定形ではなくなるべく肯定形で語ってもらった方がいいんです。

否定の形の望みっていうのは、たぶん悩みに not をつけて否定しただけで、あんまり望みになっていないんですよね。悩みが深い人ほど否定のついた形で望みが語られやすい。

 

なるほど! つまり「落ちないようにしよう」とかではなく、こういう風に言った方がいいのか!

 

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(すみません、カイジで遊びすぎました。

上記4枚の漫画は全部『賭博黙示録カイジ』7巻からの引用です。

賭博黙示録 カイジ 7 | 福本 伸行 | マンガ | Kindleストア | Amazon

 

 

 

 

本人の口から語ってもらうためにあの手この手を使う

 

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この「肯定形の望み」っていうのは、なるべくなら本人の口から語ってもらいたいんだよね。

「こういうことなの?」て聞いてみてあげるっていうのは優しいアプローチなんだけど、できればそれは最後にとっておいてもらいたいんです。

なんでかって言うと、人間って「自分で答えなければならない」って思うと、話すために考えるんですよ。

自分の頭の中でその イメージを具体的に作ってもらった時に、そっちに向かって人は動いていくわけだから、肯定的な望みのイメージを相手が自分自身で考えて頭の中で思い浮かべるように話をしたい。

 

本人の口から語ってもらった方がいい理由の2つ目は、こっちが「こういうこと?」って聞くと、それに対して「人に押し付けられたもの」って感じて、どこか「自分の問題じゃない」とか「半分否定する」みたいなことをしてしまうっていうのもあります。

でも自分自身で考えたものっていうのは、人から押し付けられたものじゃないから否定ができない。

だから、質問ワークで質問っていう形にどうして極力こだわるのかって言うと、こっちから提案やアドバイスをするよりも質問した相手が答えを出してくれた方が自分自身で思いついたいいアイディアとして大事に取っておいてもらえるからです。そうすると影響力が大きくなります。

こっちが言わなきゃいけないのは、最後の手段です。

 

「話すために考える」というのはすごくよく分かる。

自分の中ではしっかり考えられてると思っていることでも質問されて答えようとすると全然上手く言えないことがあって、それでも話すために頑張って言葉にしていくと、「ああ、自分は本当はこう考えていたのか!」と気づくことができるのだ。

 

「他人に出してもらった答えは押し付けられたように感じてしまう」というのもよく分かる。

望みとは違うけど、他人から教えられた「バズる方法」はものすごく取り入れがたい。自分で考え出したアイディアじゃないからそんなに良さそうに思えないし、そのまま取り入れたらなんか負けのような気がしてしまう(そんな姿勢は良くないとは思っている)。

 

 

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ここですごい固まっちゃう人っていうのは、悩みのイメージは強く持ってるけど望みのイメージが持ててない、悩みが深い状態なんだなっていうのが、話を聞いてて分かるわけです。

 

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相手の口から望みがあまりにも出てこなかったら、ちょっと助け舟というかヒントを出すんだけど、そっくりそのまま相手が言いそうなことを言ってバチっと当たってしまうと、せっかくの望みのイメージなのに人から言われたものになっちゃうじゃん。これが嫌なんだよね。できたらその人の望みはその人に語って欲しい。

そこで、わざと微妙なトーンでその人の望みとちょっとズレてそうなことを混ぜてみたりとか、極端に全然違ってそうなことを言ったりとか、「わざと間違える」っていう技を使ったりします。

 

悩みが深い人も自分の望みと違うことを言われると、「それじゃない!」っていうことは感じるんだよ。

「これじゃない!」って言ってくれたら、「あぁ、違うんだ。じゃあどんなのなの?」って目の前の違うものの違和感がどこにあるのかを聞き出して、「これはこうなんだ」っていう風に初めて肯定的な形で言いやすくなったりするっていうのがあります。

 

もちろん、「この人分かってないじゃん」って思われるリスクもあります。だから間違え方の度合いを上手く調整して、微妙なズレで収めておくんです。

 

あと、それまでの実績も重要です。

それまでに「この人はずいぶん自分の話をよく分かって聞いてくれてるな」という実績があった上でちょっとズレた時には、相手の方も「これは自分の説明の仕方がよくないのかな、難しいのかな」と思ったりして、必ずしもこちらとの関係を否定しにかかるとは限らないですから。今までの関係が重要なんです。

 

後は物言いなんだよね。

つまり間違えたい時には、「よく分かんない」っていう顔をしながら聞くと言いわけ。

「え。これってこういうことなの?」っていう風に聞くと、「不安で分からないです。本当にこれでいいの?」っていう雰囲気で聞いてるから、「いやいや、そうじゃないんだ」って言われた時に「あーそうだよね!」っていう顔をしておけば、そんなに大外しした感じにはならないよね。

 

これはマクドナルド理論と同じ話なんだろうか?

みんなが「どこでもいいよ」と行ってどこに食べに行くか決まらない時、「じゃあマクドナルドは?」とあえてあり得にくい選択肢を出すことで「いやマクドナルドはいやだ!ラーメンがいい」という風に本当に行きたいところを聞き出すという、あれだ。

 

確かに「こうしたい!」っていうのはなかなか言いにくいけど、「こうはしたくない!」「そうじゃない!」というのは言いやすい気がする。

 

自分の望みと80%ぐらい近いことを言われたら「ちょっと違うけどまぁいいか……」と思って何も言わずに「そうです」って言ってしまいそうだし、あえて40%とか外れたことを言って「いやそうじゃないんです」と90~100%の答えを引き出すというのは確かに上手い手なのかもしれない。

 

ただこれはやっぱり相当難しそうだ。

関係性を構築した上で表情にも気をつけなければならないなんてハードすぎる。失敗が許されるワーク以外では当面はやらないようにしよう。

 

 

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「あなたはこういうことを望んでるの?」という物言いではなくて、この資料のように聞くというやり方があります。

 

この聞き方では、AやBやCの部分がさりげなくアドバイスや提案に実はなってるんですよ。

でも「押し付けられた」って気はあんまりしないんだよね。ただの「こういう人がいるよね」っていう具体例だから。

そうすることで提案やアドバイスをしても反発されにくいし、場合によっては自分で考えたことになる。なぜなら自分で選んでるから。

「選ぶ」っていうステップが入っただけでも、だいぶ自分の判断になってるわけです。

「いかに自分で選び取って考えたと思ってもらうか」っていう演出の技術 っていうのは結構大事です。

 

なんか詐欺師のテクニックみたいだ……。

実際、悪い人もこのテクニックはかなり使ってるんだろうな。こんな風に。

 

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ダメだ、どうしてもカイジが出てきてしまう……!

この3枚は『賭博黙示録カイジ』10巻からの引用です。

賭博黙示録 カイジ 10 | 福本 伸行 | マンガ | Kindleストア | Amazon

 

 

 

 

 

言葉の定義は人によって違う

 

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この「木」っていう言葉には、実際に指し示す「その辺に生えてる木」っていうのがあるじゃないですか。

「実物があって」、「この言葉がその実物を指し示す」というのがワンセットになって記号として成立している。

 

聞いたことない話だけど、言われてみれば確かにそうだな。

 

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ぼくの箱の中身は一般的な人の箱とだいぶ違うらしい。

言葉は正しく使おうといつも気をつけてるんだけどな……。

 

 

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相手が使っている言葉、ラベルの貼ってある箱の内容がなんなのかということをちゃんと把握しながら共有して会話をするということです。

 

人と会話してて、「この人はこの言葉のをぼくがイメージしてるものとは違う意味で使ってるんじゃないか……?」って思ったことがあんまりないんだよな……。だからこのテーマはあんまりピンとこない……(今のところなかなか重要だと思えない)。

 

……と思ったけど、あった!フェミニストの人との会話だ!

以前あるツイートをしたら「それはセカンドレイプですよ」ってフェミニストの人からリプライされたんだけど、セカンドレイプという単語を検索してみたらぼくの言動はその定義に当てはまっていないようだったから「セカンドレイプの意味を勘違いされていませんか? なんでぼくの言動を問題だと思ったのでしょう?」って聞いたら、「『なんで人を殺しちゃダメなんですか?』みたいな質問しないでください!セカンドレイプをしちゃいけないなんて当たり前じゃないですか!シーライオニングお断り!」って言って逃げられたんだ。

今思い出してもムカつく。人を批判する時は言葉の意味ぐらいちゃんと理解してから正しく批判してほしい。

 

 

 

話し手の言葉の定義を知る方法

 

資料を見ればほぼ分かるので説明は省略!

 

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おやつであるものとおやつでないものの間に引かれた境界線の形、これが「おやつ」ってことだよねと、そんな風な考え方をするわけ。

 

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時間がなかったりする時はいきなり「その言葉の定義は?」って聞くのもアリだけど、基本的にはこの資料に書いてあるような聞き方をした方がいいらしい。

確かにそうした方が境界線がよりくっきり見えるけど、正直、ワーク以外でこういう聞き方をして嫌がらずに素直に答えてもらえるイメージが浮かばないかも……。

ワークででさえ、「頭のいい人って具体的には誰?他には?」って聞かれたのけっこう負担だったからな……。

 

 

 

 

 

ワークの感想と反省

 

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・ぼくは言葉の定義にけっこう厳しい人だと思ってたけど、質問されまくってみるとどれだけいい加減な定義で言葉を使っていたかが分かった。

 

確かに「頭がいい」にもいろんな種類があるし、「ピンとこなかった」は普段は「よく分からなかった」って意味で使うけど、あの時は「重要だと思えなかった」という意味で使っていた。

 

言葉の定義を聞かずにこのズレを放置しておくと、めんたねさんはもしかしたら「俺の授業よく分かんなかったか……」と落ち込んでいたかもしれない。

 

というか、こういうことは確かに思い返せばけっこうある気がする。

姉と母がケンカしてぼくが間に入った時も、母が使った言葉を姉が変に悪い意味に捉えたせいでめちゃくちゃ傷ついていて、「お母さんはこういう意味で言ったらしいよ」って伝えたら急に機嫌が良くなったということがあった。

 

定義のズレなんていうつまらないことで不幸が起きるのはもったいない。ちょっとでも違和感を感じたらすぐに聞いた方がいいと思った。




・ケンタさんの話を聞く時に悩みを掘り下げなかった。

 

はじめにこういうやりとりがあった。

 

ケ「仕事に関して、なんかこのままじゃいけないなっていうのをなんかもやっとしています」 

 

レ「そうなんですね。具体的に1つエピソードを教えて欲しいです」

 

ケ「うーんと、具体的に言うと……そうですね。多分、整骨院一本でやっていくのがちょっと違う気がする。なんか仕事の幅を広げたいというか」

 

レ「これってどうエピソードにすればいいんだ……?

まぁ、じゃあ、えっと、仕事の幅を広げたいと言うのが悩みなんですね。じゃあどうなったらいいなって思いますか? 今の状態がどうなったらいいなって言う風に思いますかね?」

 

 

「仕事の幅を広げたいというのが悩みなんですね」と言っているが、「仕事の幅を広げたい」というのは望みである。間違えた……!

後でめんたねさんがやってみせてくださったように悩みをもっとちゃんと掘り下げていれば、望みをもっとスルスルと引き出せたかもしれない。

 

 

 

・ケンタさんの「コレジャナイ」顔に気がつかなかった

 

ワークの最中はケンタさんの表情の異変に全然気がつかず「よし!望みを引き出せたぞ!」と思っていたが、後から見返してみたら最後のケンタさんの顔はどーーー見ても「コレジャナイんだよなぁ……」と言っている。なんでこんなに分かりやすい表情をしているのに気がつかなかったんだ!アホか!

 

「時間内に終わらせなきゃ!」と焦っていたとは言えこれはひどい。カウンセラーに相談してこういう風にされたら「あ、この人無能だな」と思って心を閉ざしてしまうだろう。本当に良くない。

 

 

望みエピソードを聞く時に「YouTubeやりたいんでしょ」みたいに誘導してしまったこともそうだけど、すごく焦ってしまう。

 

めんたねさんは

 

「久保くんが焦る必要はないんだよ。けんたくんの問題だから。『俺の問題じゃないし』って切っておく」

 

とおっしゃってたけど、ぼくはそうやって「切る」ことがだいぶ苦手なんだと思う。相手と一緒に悩み苦しむということを第一に考えてきたから、めんたねさんに教えられている間は切り離そうと頭では思っていてもなかなかできない。

 

でもコレジャナイ顔(or声)に気がつかないとか誘導するとか、時間制限がない時はやってる記憶がないんだけどなぁ……。気がついてないだけでやってるのかな……分からない……。

 

 

・相手に興味を持つ技術を身に付けたい。

 

最後の北村さんの質問とめんたねさんの答えが興味深かった。

 

北村「いかに相手の話に興味を持つかと言うのが最大の課題なんだなと思いました。一番大事な主軸の部分は、いかに相手の話を興味をキープしながら聴き続けられるかってところに尽きるなとすごく思いました」

 

めんたね「興味が切れたらアウトなんだよね。興味を持つのも技術だと思ってるから、ぼくは。

今やってる聞き方っていうのも興味を持つための1つの工夫だよね。

「悩みと望みを知ろうとする」っていうお題、テーマを作るだけでちょっと興味を持ちやすくなるでしょ?

「相手の言葉がちゃんと自分のイメージしてるものと一致してるのかな?」って気になれば少し興味を持ちやすくなるでしょ?

だから興味を持ちやすくなるためのポイントをなるべく伝えてるって感じ」


「興味を持つのも技術」というのは名言だなと思った。興味なんて知識と人間性だけだと思ってたけど、技術も関係してくるとは!!


ぼくはお気に入りのバーでよく孤独になる。自分が全然知らない話をみんながしていると全く興味がなくなって輪に入れなくなるからだ。1時間黙って過ごしてみてもやっぱり輪に入れなさそうだと思って帰るなんてことがザラにある。

 

どうやっても興味を持てないんだから仕方ないかと諦めてたけど、技術の問題であれば諦めなくて済むかもしれない。色んな技術を身に付けて、興味を持てる幅を増やしていきたい。

 

 

「わからない」と思うための対話 第3回 感想

 

動画はこちらから!

 

www.youtube.com

 

今回のテーマはこれ!

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エピソードで具体的に望みを語ってもらう。これが上手くできると、その望みは解決に自然と近づいていきやすいタイプの望みになります。

また、本人が勝手にその望みを知って自分で問題を解決してくれる可能性もあります。

 

初めて聞く話だ。

 

 

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2つのエピソードからどのような 意味を読み込むのかには、個人の主観がだいぶ入ります。

「実際に何月何日何時にどこどこでこんなことがありました」という下段の方がエピソード。

エピソードをまとめて「こうこうこういうことがいつも起きてますよ」というのが語られる上段の方をレポートと言います。

  

なるほど。

 

 

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左側の事実の部分は人によって大きく変わらない。でも右側の、「どういう意味をそこに付けるか」というのはその人個人の主観的な解釈というのがたくさん乗ってくるんです。

 

言われてみれば確かにそうだ。

本当は親切にされていただけなのに「酷いことをされた!」と憤慨しているような人はよく見る。

 

 

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話を聞く時にいきなりレポートだけ聞いてると主観的な解釈がたくさん混じってくるので何が起きているのかよく分からないんですよね。

まず実際にあったエピソードをしっかり聞いて、事実として何があったのかということを追っていくと、そこは解釈の余地が少なくて割と同じ形で共有しやすいわけです。

ただし話してる側と聴く側とでこの事実に対する解釈の仕方、意味の当て方っていうのは多分だいぶ違うんです。それが「違っている」っていうことを認識しながら話を進めていきます。

 

確かに事実に対する解釈の仕方は人によって全く違う。

聞き手側が「これは嬉しい話なんだな」と思っても、話し手側は悲しいエピソードとして話しているかもしれない。自分がした解釈が相手と同じだと思い込むのは危険だ。

 

 

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人間は「実際に具体的にこんなことが起きてますよね」ってイメージできる方向に動いていきやすいんです。

レポートってすごく曖昧で漠然としたものなんだよね。実際のイメージが持ちにくい。

例えばダンスをやっている時に「目の前でこんな風に踊るんだよ」って踊って見せてくれる人がいると、その真似をすればいいじゃないですか。そうすればすごく踊りやすい。

レポートの形だとぼんやりしているからよく分からなかったりするので、頭の中に「どういう風に動けばいいのか」とか「どういうふうになるのが理想な状態なのか」っていうイメージを持って、それを実際に実現すればいいわけです。

 

これはなるほどと思った。

アドバイスする側の時、「こういう風に考えたらきっといい感じになりますよ」と言っても相手があまり納得していないことがある。

今思えば、悩みが解決した時の状態を具体的にイメージできていなかったせいでしっくり来ていなかったのかもしれない。ビジョンが具体的に見えていなければ希望が持てないし、第一歩目をどう踏み出していいか分からない。

 

 

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じゃあどうやってなるべくエピソードレベルで具体的な形でイメージが見えるようにして望みを語ってもらうかっていうと、悩みが深い時ほど大体左下の「悩みレポート」からスタートします。悩みで困っているんだけど、具体的な事例よりかは「いつもこうなんだ」とか「いつもああなんだ」とかいう話に持って行きます。

 

さっきの久保さんの話に当てはめると、「ぼくはいつもみんなに分かってもらえない」っていう悩みは左下だよね。で、その状態で問題解決するというのはすごく難しい。

そこで、「具体的にじゃあ最近どんな困ったことがあったんですか?」って言うことで「セクハラメンタルと言われた」とかいうエピソードが出てきた。

で、少なくとも「いつもぼくは誤解されるんです」という話よりは「セクハラメンタルってすって言われたんです」っていう話の方が聞く側も共有しやすいよね。「いつも誤解されるんです」っていうのが何をイメージしているのか分からないから。

 

で、最終的にはこの右上の「望みエピソード」の具体的なレベルで語ってもらえるとすごく分かりやすくていいんだけど、いきなり左下から右上に行けないんです。

だから「右下→右上」の下回りで行くか、「左上→右上」の上回りで行くか2種類ルートがあるんです。

これ、どっちで行く方が 右上に来やすいかって言うと、今までの僕の経験上で言うと「下回り」なんだ。

悩みの時点でエピソードを聞いてしまって、それから「じゃあその実際にあった出来事が本当だったらどういうふうに行ったらいいと思うの?」って聞くと、割と具体的な形で望みが語られる。それはその人を動かす材料やエネルギーになりやすい。

 

なので今日は、この「右下→右上」っていう流れで動いていく練習をしようと思っています。

 

聞いたこともない単語や話でなかなかスッと頭に入っていかないけど、すごく大事な話だと思う。

今までの相談では「悩みをなんとなく解決していく」という漠然としたことしか考えていなかったからどこに向かっているか分からず不安だったけど、こうして図を明確に頭に思い浮かべることができれば、地図を持っているような安心感が持てる。この図はめちゃくちゃありがたい。

 

 

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悩みが深い人ほどレポートで語ります。

じゃあどういう風に聞いていけばいいかというと、こういう風に聞くと良いと思います。

 

上手に加減を考えて聞かないと責められているように感じてしまうかもしれないなと思った。

 

 

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中には、悩みが将来に向けての不安っていうケースがあるんですよ。今何かが起きているわけじゃないけどこの先何かまずい事が起こるんじゃないかって不安になっちゃう。

このケースの時ってエピソードがなくて、エピソードがないから実は解決もしにくいんですよ。

それでもなるべく望みを具体的なエピソードレベルで語って欲しいので、よく聞くのは、

「じゃあもしあなたが映画監督になってその理想通りのウハウハな状態っていうワンシーンを映画で撮るとしたら、それはどういうシーンになるのですか?」

というものです。

そうすると、「単に幸せになりたいんです。幸せになりたいのになれないんです」って言っていた人が、「1ヶ月間ハワイで楽しそうに過ごしています」みたいな、そういう具体的な望みエピソードが語られたりします。

この映像として語ってもらうっていうのは困った時に結構使えます

 

言葉だけじゃなくて映像でイメージすると、具体的に考えられるし希望が持てるしいいなと思った。

 

 

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こういうワークをやってみましょう。

 

 

ワークをやってみての感想

 

 

・エピソードレベルに落とし込むのは難しい

 

資料を見た時は簡単そうに思ったが、実際にやってみるとどれだけ難しいかがよく分かった。聞き手側も質問に苦戦していたし、話し手側もついレポートを話してしまったり別のエピソードを話してしまったりしてしまっていた。

 

ぼく達がいかに普段レポートで会話しているかということなんだと思う。おそらくほとんどの人は一点にスポットライトを当てる経験に慣れていない。

 

 

・エピソードを思い出すのは難しい

 

話し手側がちゃんと一点にスポットライトを当てることができても、記憶力の問題が生じてしまう。

ぼくは前日の記憶なのに上手く整理して話せなかったし、細かいところや重大なところが抜け落ちてしまっていた。

人の記憶はこれだけあやふやなんだから、都合良く(もしくは都合悪く)改変しているケースはめちゃくちゃあるだろうなと思った。

つまり、悩みレポートだけではなく悩みエピソードも全然信用ならないということだ。相手が話した悩みエピソードにはバイアスがかかっているかもしれないと疑いつつ、表面的には信じているように振る舞わなければいけない。

 

思えばこれまでも、「相手が言っていることが全然違うと思っていても嘘で『そうだね』と言う」みたいな教えが結構あった。上手な聞き手になるというのは上手な嘘つきになるということなのかもしれない。

 

しかし、基本的には「嘘つきですよ」ということをバラしてはいけないだろう。

となれば、ぼくは今このブログを書いていて大丈夫なのだろうかと不安になる。

手の内を晒しまくっているせいで、「レンタル話し相手さんすごい共感してくれてるけど、これってワークでそう言われてるからやってるだけで本当は全然共感してないのかもしれないのよね」なんて思われるかもしれない。いつか全部削除するかもしれない。

 

 

・思い出せないところこそ重要

 

思い出せないところはすごく重要なんですよ。

ずっと語っている中でそこの記憶だけがスポンと抜けているっていうのは、何かその人にとってすごく受け入れがたいものだったり飲み込みがたいことだったり、何か難しい重要なものが隠れているポイントであるということがあります。

だから話を聞く側としては、「ここは記憶が抜け落ちるんだ」とか「この辺になると急に話が曖昧なるんだね」っていうのを把握しながら話を聞くことになります。

 

重要な思い出ならちゃんと記憶に残っていると思っていたので、忘れているところこそ重要かもしれないという話は意外だった。

確かにぼくも入院や浪人などかなり辛かった時の記憶はほとんどないし、本当に嫌な記憶は意図的に忘れていくのかもしれない。

 

そういう部分を見つけると聞き手側は「ここが重要なのかも!」と思ってつい粘り強く聞きたくなってしまうが、どれぐらいしつこく聞くかという加減は極めて難しいと思う。

ワークだったからぼくは北村さんに何度も質問したけど、ワークを知らない普通の人にあんなことをやったら、「だから具体的な記憶なんて忘れてるわよ!『いつもこうだった』でいいじゃない!しつこいわね!!」とキレられているに違いない。

 

ここでも「解決病」を発症しない我慢が求められる。「解決するのは基本的に自分ではなく相手である」と心から思えていないと難しいだろうなと思った。